乗り物好きにはたまらない快感
海のそばでのんびりしたくなり、私(吉池太一)は7月下旬の暑い日に房総半島に出かけた。
まず、千葉駅に出る。ここから出る外房線の普通列車は40分待ちだった。一方、内房線の普通列車は発車間近。とっさにその列車に乗り、内房線から房総半島を回ることにした。
木更津駅からのローカル線はのんびりしていた。これが実に気持ちがいい。車内では空ばかり見ていた。不思議な形をした雲も、次々と違う雲に取って代わられていく。めまぐるしく変わる空をずっと見ていられた。乗り物好きには、たまらない快感だった。
館山駅を過ぎると、車内はガラガラ。私の向かい側には、3人の中学生男子が乗っていて、時刻表を見ながら楽しくじゃれ合っている。首からカメラをぶらさげていて、みんな若い鉄道ファンだ。
そばに寄って何の話をしているのか聞き耳をたてると、「武蔵境と武蔵小金井の間にある駅は?」「新町駅は何線にあるでしょう?」などど、みんなで鉄道クイズを出し合っていた。こちらも鉄道に乗りまくってきた男。そんなクイズはわけもない。しかし、「新町駅」の問題は難問だったようで、他の2人は答えられなかった。ちなみに、正解は高崎線である。
海の家を切り盛りする一家
列車は太海駅に到着。ここで私は降りたが、来たのは2度目なので、駅舎や町の佇まいに見覚えがある。ちょうど祭礼の最中のようで、町のいたるところに祭礼用の花飾りが見られた。
駅から海までは歩いて5分ほど。ぽつんと海の家があった。一家総出で営業している感じだった。厨房にはおばあちゃんがいて、40代の夫婦が接客に当たる。それを子供たちが手伝っている。高校生の長男と長女、中学生の次男もいた。
砂浜にパラソルを用意してもらい、ラーメンを食べた。海の家にしては旨い。ラーメンをゆっくり食べながら、一家の様子を改めて見ていた。
ふだんはどんな生活をしているのだろうか。
おばあちゃんはたとえ夫に先立たれても、頼もしい息子夫婦と孫たちがいるから安心だ。その息子夫婦はどんな仕事をしているのか。夫は日焼けしているから海に関係した仕事か。子供たちは南房総の海辺の子として逞しく成長している。そして、夏になると、一家総出で海の家を切り盛りして大事な収入を得る……。
何よりも、子供たちがきちんと「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」が言えるのがいい。それを見ているだけで「来て良かった」と思った。
一人旅の贅沢、夕暮れの海と缶ビール
たった一人、砂浜のパラソルの下で昼寝したり、太宰治の「津軽」を読んだり……。周囲はすべて家族連れなのに、ひとりぼっちの年配男はどう見えていたのか。海の家の一家からも「変わったオッサン」と思われていたかもしれない。
2時間半ほど太海にいて、それから勝浦に出て温泉に入り、御宿の海水浴場に行った。
御宿といえば、かつては夏のナンパのメッカ。それは今も変わらないようで、広い海水浴場は若い男女でいっぱいだった。水着の流行もよくわかる。男はみんな膝まである長くダブダブの水着を着ている。女はグラビアアイドルのように、隠す部分が極端に少ないビキニを着ている。
そんな連中が嬌声をあげている海岸で、こちらは一人、砂浜に新聞紙を敷いて、たくさん買っておいたサッポロの黒ラベルを、かっぱえびせんをつまみに飲んでいる。完全に浮いている。というより、浮き上がっている。そして思い続けたことは、「やっぱりビールはサッポロの黒ラベルが一番旨い」ということ。そうこうしているうちに陽が傾き、海辺も人がまばらとなった。缶ビールも飲みつくし、波の音を聞きながら私は家路についた。
文・写真=吉池太一(旅行ライター)



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