旅の醍醐味は美食と絶景だけではない……もっと記憶に残る思い出は何か

コラム
鞆の浦

瀬戸内海に浮かぶ無数の島影

朝鮮王朝から派遣された外交使節の朝鮮通信使は、江戸時代に合計12回来日している。彼らは朝鮮王朝の国王の国書を携えてきて、徳川将軍の国書と交換した。そのようにとても重要な任務を帯びていたのだが、旅の道中で絶賛した景観が日本で2カ所あった。

そのうちの1つが、広島県に位置する鞆(とも)の浦である。使節一行は福禅寺という寺院を滞在先としていた。ここには海へ向かって開かれた対潮楼と呼ばれる客殿がある。そこからは、瀬戸内海に浮かぶ無数の島影を見渡すことができる。

時代は遡り1711年のことである。使節団の一員であった李邦彦(イ・バンオン)は、その眺望の美しさに心を打たれた。彼は「日東第一形勝」と筆を振るい、この地を絶賛したのである。それは日本一の絶景を意味する言葉だ。書かれた文字は額に収められ、現在も対潮楼を彩っている。遠い昔に異国の使節が魅了された景色は、現代に至るまでその姿を保ち続けている。

三保の松原が織りなす見事な眺め

私(康熙奉)は対潮楼の座敷から海原を眺めてみた。すると、数百年前の旅人が感動した世界をそっくりそのまま追体験できた。建物の窓枠をピクチャーフレームのように捉えるとよい。まるで桃源郷を描いた一幅の絵画が完成する。まさに日本一の絶景と呼ぶにふさわしい。時代が移り変わり往来する人々が変わろうとも、自然の造形美は不変であった。

もう1つの名所は、静岡県にある清見寺である。駿河湾のそばの小高い場所に建つ寺院だ。使節たちはこの地にも立ち寄った。そして、三保の松原が織りなす見事な眺めを存分に味わったのである。

現在この寺を訪問すると、入り口の門に「東海名區」と記された額を見ることができる。これもまた、1711年の使節団メンバーが書き残したものである。しかし、その門をくぐり抜けると驚くべき光景が広がる。なんと目前を東海道本線のレールが横切っているのだ。絶え間なく列車が激しい音を立てて駆け抜けていく。

出会った人が旅の醍醐味

歴史ある敷地は鉄道によって真っ二つに割られている。さらに高所に登ってみても、もはや海側に三保の松原を望むことはできない。視界を占めるのは、海岸線に連なる工場の数々である。かつての面影は完全に消え去ってしまった。同じように使節団が愛でた名勝でありながら、鞆の浦とは全く異なる運命を辿ったのである。

それにもかかわらず、私の心に深く刻まれているのは清見寺のほうである。郷愁を誘うのはなぜだろうか。

確実に言えるのは、現地で案内役を務めていたボランティアスタッフの存在がある。その方から非常に温かいもてなしを受けたからに他ならない。

旅の醍醐味はたくさんある。美味しい料理、目の覚める絶景などは大いに感激させてくれるが、それでも最良の思い出というと、人情味や人の温かさである。たまたま清見寺では、そのように「記憶に残る方」とめぐりあうことができた。「出会った人が旅の醍醐味」ということを改めて深く実感したのである。

文・写真=康 熙奉(カン ヒボン/作家および韓流ジャーナリスト)